32.白い首筋











冷静沈着。
何事にも動ぜず、ただ黙々と任務を遂行する。
そうして培われてきた俺の日常が、今……あやうい……




その原因は、自ずと知れたひとりのエクソシストのせい。
今、俺の目の前を浮かれて歩く、コイツのせいだ。







「ねぇ、神田。 そういえば、どうして僕の団服だけ、
 こんなおっきなフードが付いてるんでしょうね?」
「……なんだ?いきなり」
「神田のも、ラビのも、リナリーだって……
 誰もフードなんて付いてないでしょ?」
「んなことは知らねぇ。 コムイの趣味だろ?」



そっけない返事を返す俺に、モヤシは唇を尖らせて不平を言う。




「そんなはずないですよ!
 だって、他の皆はコムイさんのオリジナルのデザインだとしても、
 いきなりやって来た僕に翌日支給してくれたんですよ?
 僕専用のものを作ってくれたとは考え辛いし……
 ……それに……」
「それに……なんだ……?」
「ちょっと大きめなんですよね……
 まぁ、少しだけですけど……」




ちらりと俺を上目遣いでみるコイツは、ひょっとして何かを知ってて、
俺にカマをかけているんだろうか?




「……はぁ…… 俺に何を言わせたい。
 その団服が俺のおさがりだとでも言えばいいのか?」



俺のその一言を聞いて、モヤシの表情がぱっと明るくなる。



「やっぱり、ぱっぱりそうなんですかっ?!
 これって、神田が前に着てたモンなんですか?」
「……嫌か……?」
「い、いやだなんて、とんでもないっ!
 むしろうれ……っていうかっ……ちょっとビックリかなぁ〜って!
 でも、ホント、この団服着易いし、そのっ、すごくいいです!」



コイツとは第一印象からして最悪だったから、
きっと俺のお下がりなんて嫌がるだろうと思っていたのに、
以外にそうでもないらしい。



「俺だってちょっと驚いたんだ。
 コムイの奴、何考えてやがんのか、俺が前に着てたデザインのを
 お前に着させやがった。
 ……まぁ……それが一番いいって言えば、いいのかも知れねぇが……」
「ええ、僕ほんとに、この団服気に入ってるんです!
 ティムキャンピーが休むには、このフードは丁度いいし、
 あったかいし、雨や雪もしのげるし、それにっ……」
「……それに……?」
「この……目立つ髪の色を隠すにはサイコーなんです。
 前は布で覆って隠してたぐらいですからね……」



今まで翳りのなかったモヤシの笑顔に、少しばかり影が差す。
いつもの俺なら、見てみぬ振りを決め込むんだが、
こと、コイツに関してはそれが出来ない。
不思議と目の前の笑顔が歪むのが嫌だと思えたからだ。



「……俺も……昔そうだったからだ……」
「……え……?」



なんでコイツにこんな事を話す気になったか知れない。
だが、もし俺の言葉でコイツに笑顔が戻るなら……
そんな愁傷なことまで考えてしまう。



「教団内じゃコムイやリナリーもいるから、珍しくもないがな……
 この黒髪は…結構目立つんだ…」



欧州の国々では、奴隷以外の黒髪はあまり見かけない。
象牙色の肌に、癖のない真っ直ぐな黒髪。
それだけでも充分目立つのに、黒い十字架を纏った団服は
嫌でも人目を惹く。



……それに……俺の場合は、
どういう訳かやたらと他人に声をかけられた。
AKUMAが狙ってくるだけならまだしも、
どこぞの貴婦人やら男爵やら、所構わずだ。



『キミ……可愛いねぇ……いくら出せば、相手してくれる?』



その意味が判ったのは、ほんの数年前のことだったが、
その話をコムイにした途端、このフード付きの団服が俺の元に届いた。
以来、しばらくはこの団服で顔を隠すようにして移動していたが……
今じゃ軽く睨みを効かせるだけで、誰も傍に近寄ってこなくなった。



多分、コイツも同じ穴のむじなだろう。
人を威嚇する事をしないモヤシは、髪を気にしてフードを被っていた方がいい。
その方がモヤシにも、俺にも……好都合だ。
目の前にちらつくコイツの白い首筋は、否が応にも俺の平常心を掻き乱すからだ。



そんな俺のセリフをどう理解したのか、
モヤシは少し不服そうに俺につきかえした。



「……神田の場合は、僕とは違います……
 僕を見る目と、キミを見る目は、その意味が根本的に違う。
 今だってこうして一緒に歩いてて、皆が君を羨望の眼差しで見るんですから……」
「……んなこたねぇだろ……」
「いいえ!そうですっ!
 はじめのうちは、そんなキミの横に居られるのが嬉かったんですけど、
 最近は……そのっ……なんていうか……」
「……なんだ……?」
「ちょっと気に入らないというか、ムカつくというか、
 その……誰にも見せたくないっていうか……えっと……変ですよね……?」



頬を赤らめ、俯き加減にそう言うモヤシは、
それがどういう意味かわかって俺に言ってるんだろうか?
これが無意識だとしたら、それこそ性質が悪すぎる。



俺は自分の中の理性が何処かへ遠のいていくのがわかった。
胸の中で渦巻いている感情に歯止めが利かなくなる。



「じゃあ、やっぱり俺とおんなじじゃねぇか……」
「え……? どういう意味ですか?」
「……それは……こういう意味さ……」



俺は力任せにモヤシの手を引くと、
人気のない路地裏へと連れ込み、壁際へと追い詰める。
そして、唐突な行動に目を白黒させているモヤシの顎を持ち上げ、
その薄く桃色に輝く唇を奪った。



「……んっ……か…んだっ……」



思っていた通り、モヤシの唇は柔らかくてほんのり甘い香りがした。
初めのうちこそ抵抗する様子を見せたが、
そのうち諦めたのかゆっくりと唇の力を抜く。
その隙を逃さず舌を忍び込ませると、隙間から掠れた嬌声が漏れ出した。



「……んんっ……ふぅっ……」



互いの息が徐々に上がるのも気にせず、心いくまで口内の感触を堪能する。
舌を絡ませその唾液を吸い取ると、モヤシは苦しそうに息を紡いだ。
おそらくこんな長い口付けは初めてなのだろう。
息継ぎが上手く出来ないみたいだ。



そんなモヤシの唇をようやく開放してやった直後、
俺は目に入ったその白い首筋に吸い付いた。
いつも目にして、喰らい尽きたい衝動に駆られていた、白い首筋……



「……んっ……い……たいっ……」



微かに強く吸っただけで、そこには薄っすらと赤い華が咲く。



「俺も、お前を誰の目にも触れさせたくねぇ……」
「……か……んだ……?」



うっとりとした様子で宙を彷徨っていた瞳が焦点を取り戻した途端、
モヤシは焦った様子で顔赤らめた。



「……ずっ……ズルイです!
 そんな……急に……僕にも心の準備っていうものが……」
「そうか? じゃあ、続きは帰ってからってことで、
 これからゆっくり心の準備とやらをするんだな……」
「かっ、神田っ!」



頭から湯気を出せそうな勢いで、モヤシが非難の瞳を投げかける。
だが、それは決して否定の瞳でない。



それから本部までの短い道のりを、俺は焦ることなく進むことが出来た。
それは、あの白い首筋がフードに覆われてしまっていたからに他ならなかったからで。
ちょっとだけほっとしながら、俺は横にいる白いエクソシストの気配を感じていた。







それから数時間後、
この白い肌に、
今まで以上に翻弄されることなど、知りもしないで……















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